サクラフル

ゆうべ見た夢は、淡い紫陽花色の雨に包まれる夢だったので、
あの頃、あなたと過ごした海沿いの町に行きたいと思ったのです。
目覚めたときから、なんとなく落ち着かなくて。
母に「あじさいって、まだだよね」って聞いてみたりして。
「あらあら、気が早いわね。今ならきっと櫻がきれいなんじゃない?」
なんて言われたものだから。
来ました。来ちゃいました。
もちろん、あなたは一緒じゃなくて。
だから、車なんかじゃなくて。
ゴトゴトと江ノ電に乗って。揺られて。
あなたに勧められてはじめたボディボードも、
最近はすっかりごぶさたです。
生まれてはじめて波をつかんだ時、
鎌倉高校の前を、この黄色と緑色の小さな電車が見えたんだ。
あっという間だったけど、まるで波の上を滑る不思議な電車みたいで。
ほら、ふたりではじめて見に行った映画に出てくるヤツ。
(そういえば主人公のコ、わたしと同じ名前だったね)
そんな素敵な景色、誰にでも見れるもんじゃないよねって、
あなたが 笑った。
そう、あのときだ。
きっとあの、あなたが笑ったとき。
ワタシ ハ コイ ニ オチタ
わたしは 恋におちたんだ。
あなたが笑ったのも、
わたしが泣いたのも、
はじめてキスしてくれたのも、
みんな、この景色の中だった。
二人で歩いた季節を感じながら、とにかく今日は一人で歩いてます。
渚を背にして、まっすぐ。静かな商店街を抜けて、坂をあがって。
途中で、コロッケを買い食いして。ホクホクしながら。
小高い山のうえにある静かな公園も、そこから足を伸ばして、
おこずかいが増えるようにと願掛けした弁天さまも、
みんな変わらず、ふつうにそのままで。せつなくて。
あじさい、見たいなぁ。季節は、まだなんですけど。
雨が降ったあとの、お寺の境内って
こんな静かできれいなんだ。
知らなかったな、たたずむ時間も大切だってこと。
ごめんね。
わたしたち、急ぎすぎたね。
いま、ふと思ったのです。
ひとのこころのあいだに咲く花があるとして、
きっとそれは芽吹くまで、いっぱいいっぱい時間のかかるシロモノで。
やっと葉っぱがひらいても、ぜんぜん気を抜けないほどデリケートで。
あんまり世話がかかるものだから、
途中で「もぉ、いいやっ」なんて投げ出したりして。
でも、そんだけ苦労してるから、いざ咲き誇ると、すっごくキレイだよね。
あいかわらずやっぱり弱いんだけど、キレイ。
いつまでも気持ちに残るような、あざやかさ。
だから、わたしたちは、一生懸命その花の種をまき、花を咲かせる努力をするんだ。
強い風にも、冷たい雨にも、負けない花を育てたい。
いつまでもいつまでも、色褪せない花を咲かせるんだって。
ごめんなさい。
わたしは花を世話することを、怠けました。
おかげで私たちの花は、色褪せて、枯れた。
あなたが植え直した種も、省みることなく。
いま、櫻が降ってきました。
櫻って花は、散らないんです。
それは降るのです。降る花、降る時。
櫻、いっぱいですよ。
サクラフル。
櫻、降る。
元ちょいワルおやぢ・パパリロ肉鬼卿の「ぱぱりろん肉記」

廃墟建築士

あなたのオススメの一冊 ブログネタ:あなたのオススメの一冊 参加中

本文はここから

「となり町戦争」の三崎亜記の新作短編集です。
つか、
めずらしくビジネス書以外の新刊で、おもしろそう♪と手に取った一冊でした。
となり町戦争で描かれていた日常の綻び、というか
ある種のSFチックな誤差、というか
ゆるい日常のスケッチで、薄ら寒いリアリティを積み上げていく。
まったくもって荒唐無稽な虚構世界が、やけに現実味を帯びていく。
おどろくべき筆力。
テーマは、果てしない夢と情熱、そしてそれを見守る存在故の夢追い。
希望と愛、いまの時代に生きるからこそ、読んでおく物語だと、思った。

天才主婦作家こんセンセから

script_ameba_item,http://stat.present.ameba.jp/blog/js/nk/MmqeRf1umR66qzxCSJkD8v.js?44K144Oz44K/44Ks44O844Or:aHR0cDovL3N0YXQucHJlc2VudC5hbWViYS5qcC9pbWcvZGF0YS8wNzIxX0NfTC5qcGc=
いつもお世話になっております。葉山罫です。
今日、天才SS小説家こん様からプレゼントを頂戴いたしました。ありがとうございます♪
いや、嬉しいです。マヂで(落涙
彼女の作品は、星新一亡き後、日本のショートショート小説界に旋風を巻き起こす可能性を秘めております。
しかも、これ、ケータイからアップされています(驚愕)
つまり、プロットの巧さ・ストーリーの面白さはもちろん、ケータイ小説として理想的な読みやすさを兼ね備えています。
是非、一読されることをオススメします。ハマルこと請け合いですから。
お っ も し ろ い で す よ っ ♪
===
書き切れなくて寧ろ書けない ★★ショートショート劇場★★
http://ameblo.jp/kons
===

つか、読者登録してねぇし…。

【BL小説】間近で見ましたが、それはそれは黒く、感動しました! *ついに僧侶愛、書いちゃいました

なんてギガエロスなっ!!!と思った奥さん、ちょい寂しいね。慰め合おうか。
セクハラ・ブログ絶賛継続ちぅですがね。
元ネタは、シゲルの件ですよ。えぇ。
『松崎しげる 子供が通う学校で大サービス』 (10月16日 17時00分)
 ラブソング『愛のメモリー』で大ヒットを飛ばしたことと、色が黒いことで知られる歌手の松崎しげる(58)。最近では「モテるスプレー」であるAXEとコラボするなど、ますます活躍中。1997年に、23歳年下の女性と再々婚を果たしたが、3人の子供を授かり、テレビにディナーショーに、奮闘中だ。
 同じ小学校に子供を預ける父兄によれば、「父兄会のときも、アカペラで『愛のメモリー』を歌ってくれるんですよ。すごく気さくな方で、周りからの評判も良いです!」とのこと。レコード大賞の歌唱賞受賞曲を生で聴けるわけだから、父兄も喜ぶはずである。
 一時期、「ドラ焼きよりも黒い」ことで話題をさらった松崎。前出父兄によれば、「間近で見ましたが、それはそれは黒く、感動しました!」とのことだ。テレビで見るのと同様に、シゲル・マツザキはプライベートでもかなり愛されているようだ。

はぅいのほ~はぁ~まぁ~ひぃヌぁぐぉりぃにひぃ~~~♪
って、こんな歌い方しちゃったら歌詞が全然原形とどめませんがね奥さん。
名曲「愛のメモリー」もいいんですけれど、隠れた名曲「ワンダフル・モーメント」もいいんですよ隠れちゃってみんな知らないんですけど。。。うぅむっ
ちょい時間できたので、いよいよ僧侶愛の物語書こうかなと。
当初の激しくも静かな美しい流れが、ちょい香港カンフー気味にガチャガチャとしそうでして。
いやいや、それはオイラのせいではなく「少林サッカー」がいけないんだぃ!チャウシンチーがっ!
つか、チャウシンチーって何となく大阪ぽくないすか?
「自分んとこ、いまどこ住んでんねん。ミナミやったか」
「ちゃうちゃうっ!新地ーっ。新地やねん」
あ、
そういうこと云いたかったんぢゃなくてね。
禁断の僧侶愛小説
「破戒僧・春鸞。その愛」

いきなりR禁祭りですが、どぞー(って、誰に!?
~~~
http://papariro.blog77.fc2.com/blog-entry-12.html
~~~

あーあ、とうとう書いちゃったよ。
あ、
PCだと読み難くしてありますスンマセン
なんせ、ギガエロス星人指定なもんで。
以下、感想の嵐っ!
**諸事情により、小説ブログを別建てに致しましたので、本文もそちらに移動させていただきました。
http://papariro.blog77.fc2.com/blog-entry-12.html 
にて、ご覧ください。

『DO NOT DISTURB  起こさないでください』

Boys Lover be ambitious !
オイラを腐兄化してくれたK師、りり様、柚子季さま、水無月さまに送ります。
*杜の都で行なわれた密会(御腐会?)にインスパイアされて書きました。

『Do Not Disturb.』
ココロのすべてを持っていかれるような恋なんて、
もう二度とするまい。
もうすることもないだろうと、
勝手に決めていた。
そう決めていたはずなのに…
いつも恋は不意打ちだ。
やさしくて
せつなくて
あまい痛み
しばらく止まっていた、
止めていたはずの、なにかが、コトリと。
動いた。
そのひとは、スッキリと立っていた。
騒がしい夜のコーヒーショップ。
サービスカウンタで、オーダーを待ちながら。
想像したより少し、背が高い。
ケータイ越しの声は、少し低くて、
年齢よりも大人びて聴こえた。
居心地のいい声。
手触りのいい服の生地のような。
「やぁ、どうしてた?」
正しくは「はじめまして」のはずなのに。
そんな挨拶がもはや自然で。
会話は、ゆっくりと始まり、
夜は、やがて華やかな表情になってゆく。
気の置けないスタッフが迎えてくれる
いつもの店のカウンターに並んで座る。
エアコンが効かないほど、店内は客でいっぱいだ。
不幸せなサラリーマンがいっぱいのこの街で、
これほど幸せそうな笑顔が拝める場所が、
ほかにあるのだろうか。
家族のように飲み物をつぎ合って、
意味もなく乾杯をくりかえす。
完璧に無駄なことは、
無理がなく、
美しい。
無駄を排した合理性や機能追求は、
人との関わりにおいては
実は、美しくない。
およそ愚にもつかぬ小さな話を積み重ねていくうちに、
互いのココロの距離が縮まってゆく。
くつろいだ快い時間が、流れる。
汗ばむほど暑くなってきた店内で、
彼は羽織ったジャケットを脱いだ。
「ちょっと、電話してくる」
シャープな輪郭に、筋肉が伴った、
美しく盛り上がった肩先に、しばらく見とれてしまう。
写真のように記憶できたらと思った途端、
振り向きざまに微笑まれた。
照れてうつむくと顔を覗き込んでくる。
イタズラを見つけた子どもを嗜めるように。
ドキリとした。
騒がしい店内での会話は、物理的な距離も縮める。
聴こえにくい言葉を、耳打ちしあう。
緩やかな酔いを伴って傾いてゆくカラダ。
意外に柔らかな感触。
甘い痺れを感じる。
もっと近くに。もっと側に。
このまま一緒に夜に沈んでしまおう。
ゆっくりと落ち着ける場所にいこう。
タクシーに乗り込み、もっと深い夜へと滑り出す。
流れる夜の灯りを背にした、彼の横顔は本当に、美しい。
「なぁ」
「ん?」
「なんでそんな風に微笑むんだ?」
「え、わからないよ。そんなこといわれても。」
「そうだよな。自分の笑顔が、ひとからどんな風に見られてるかなんて、わかんないよな」
(でも、知ってるかい? そんな風に素敵に笑える男は、そうそういないんだぜ。
 わかるかな。オレが今夜、どんなに幸せな気分なのかって。)
 
 モット チカク ニ
 モット ソバ ニ
 
灯りを落とした個室。
ソファに並んで腰を下ろす。
「飲み物、なんにしようか?」
「やっぱアルコール、だろ」
旨い酒を何杯もあおりながら、
バカバカしいくらいの恋の歌を、何曲も何曲も歌う。
借り物の歌詞だけど、
なんとなく今の気持ちに似ていると思うから。
それを伝えたくて伝えたくて伝えたくて。
きっと後で気づくんだろうな。
こんな風に自分の想いを説明しようとするなんて、
なんてバカバカしいことなんだろうって。
必要なのはコトバでなくて。
もう少し強い酒と、もう少し強引な自分。
そして、少し痛いくらいの、くちづけ。
恋は急いで。愛はゆっくりと。
恋愛とは何て矛盾だらけなんだ。
いつのまにか終電を逃していた。
常識的なエンディングを諦め、もう一杯付き合ってもらう。
人通りの寂しくなった路地を歩きながら、
彼の手を、握ってみた。
…振り払われるだろうか…
無用の心配だった。
しっかりとしたカンジで握り返してくる。
思わず笑いが溢れるくらい、嬉しい。
ずっと握っていたくなる、
そんな快さを感じながら、馴染みの場所に辿り着いた。
気の置けなさでは、都内有数のレベルではないだろうか。
酔った客のあしらいに長けたバーテンダー。見慣れた顔。
女性客に人気が高い、甘い、犬顔のルックス。
おしゃべりは、お笑い系。
彼もまた初対面とは思えない気安さで、
一緒に汚れた夜の会話を楽しむ。
今夜はお互い、よく笑う。
緩やかに預けあう肩が、心地よい。
質の良いカクテルの酔い心地のまま、
夢のような時間が流れてゆく。
まだ覚めやらぬ街。
始発が動き出す時間。
「地下鉄で帰ろう。送っていく」という。
高校生のような気分になる。
電車って、ホントに気が利いていない。
急いでいる時には、速く走ってくれればいい。
でも、
こんな朝は、時速3センチでいい。
なにも時間通りでなくて、いいのに。
定刻通りの運行スケジュールで、
下車駅に着いてしまった。
「せめて改札まで。見送らせろよ」
別れ汚さを嗜めるようにハグしてくれる。
切なくて、苦しくなる。
「ん、どした?」と書かれたような彼の顔が、
またうつむいてしまったオレを覗き込む。
「ゴメン…好きになった」
「うん。わかる。オレもだから」
少しチクリとする感触が、唇に当った。
「痛っ」
「あ、ゴメンごめん」
「あ、いや。オレも…痛かったんじゃないか」
「…オマエ、意外と髭濃いのな」
「…」
「ははは。痛みわけってコトだよ」
笑いながらもう一度抱きしめられた。
「この続きは、すぐ、だよ」
優しく低い囁き声が、艶かしく耳に残る。
無言で手を振る後ろ姿が、
2本後の上り車両の中へ消えた。
それから部屋に戻るまでのことは
あまり覚えていない。
オール明けの高揚は、すっかり醒めて
思い出すのは、
彼の声。
彼の笑顔。
彼の温もり。
きっと、もっと、好きになっちゃうんだろうな。
出逢いのはじめから、
こんなにも好きなのだから。
 今日から
 オレはキミのもの
 そしていつか
 キミはオレのもの
 時をかさねて
 ココロをかさねて
 きっと夢中にさせてみせるから
 
彼が歌った古いラブソングが、
アタマの中で何度もリフレインする。
朝の光が少しずつ力を増してゆくのをカーテンの向こうに感じながら、
オレは緩やかに、眠りに落ちていった。
「どうぞ起こさないでください」と、
ココロの扉に札をかけて。

夜の彷徨 (葉山罫・短編小説集「恋愛観測」より) *R指定

蒼い帳が、静かに降りて来る。この時間が好きだ。
シャワーの熱気から解放されてローブを着るまでの間、体はささやかな自由時間を楽しむ。
たっぷりと詰まった一日の疲れを追い出すように、ゆっくりとストレッチをはじめる。
下着をつけていないから、甘やかした部位が丸わかりだ。
滑らかさには自信があったお腹のあたりが、最近すこし柔らかくなった気がする。
「こんなかんじのウエストを、天使のエプロンっていうんだ」といいながら
やさしく撫でてくる大きな掌の感覚を思い出す。
今夜、その持ち主はまだ傍らにいない。
携帯のコール音を待ち詫びる。
薄墨色に包まれた、切なく蒼いひととき。
あたまの芯が、じんわりと痺れてくる。
抱かれたい。すぐにでも…と、思う。
彼の性格そのままの快活で、悪戯好きな指は
私のもっともデリケートな鍵を、とても上手に弾いてくれる。
自分から欲しがっているなんて、あんまり知られたくないのだが
はしたなく潤んだ果肉の中心を何度も何度も抉りながら
濡れているそのわけを訊ねられると、もう…だめ。
脳が溶けだすような、淫らな気分になってくる。
ソファーに倒れ込み、ゆっくりと脚を拡げてゆく。
白い滑らかさが自慢の肌の先に、淡い赤茶色の茂みが見える。
「天使の産毛のようだ。薄くって、そこのカタチもよくわかるよ」
ピアノのおさらいをするように、彼の指の動きを思い出しながら
体毛の流れに逆らって、やさしく、そっと触れてみる。
かたちを確かるように沿側をなんども、なぞる。
だんだん指の動きが滑らかになる。
蜜が溢れ出してくるのを感じる。
ぬらりと指先が、滑った。
声が、漏れる。
「かわいいよ、とても」
あたまの奥で彼の声がした。

セプテンバー・ヒーロー SEPTEMBER HERO(葉山罫・短編小説集「恋愛観測」より)

朝を待つ波に身を任せて、過ぎた恋の想い出に耽るサーファーは、いない。
それは歌の世界だけだ。センチメンタル過ぎる。
波の状態が安定している明け方の春の海は、想像以上に騒がしい。
特に、今朝の波のような最高の状態だと、
誰もが真っ先に、その波を掴みたがる。
オイオイッ!オイオイッ!!
若い声。強い声。
パドルのしぶきの間から聞こえてくる追い越しのコールは、
サーファーのクラクションだ。
朝の喧噪は、こんな海の上でも変わらないのか。
苦い笑いが、こぼれる。
まったく人生なんて、間抜けなくらい変わらないものだ、と思う。
あんな、世界が終わるような思いをしたのに。
昨夜、彼は恋人に突如、振られたのだ。
波頭が砕けた。
最初に波を掴んだ奴が、ガッツポーズのまま、緩やかに沈んだ。
そろそろ、出勤時間だ。
「おはよう!山本さん」
田村和也。28歳。営業企画部のサブマネージャー。
入社3年目以内の女子社員には、とても人気がある。
しっかりと日焼けした顔。
山本優香の肩から計って、優に30センチは上だ。
「あ、田村さん。おはようございます」
田村が笑った。
真っ白い歯がこぼれる。ドキリとした。
毎朝、どれだけペーストを使うのだろうか。
「相変わらず早いね。いつも何時に起きるの」
「ウチ、けっこう近いんですよ。8時に出れば、余裕でこの時間なんです」
「山本さんっ家、どこだっけ?」
「門仲です。生まれてからずっと。田村さんは湘南でしたよね」
「茅ヶ崎。けっこう月曜の朝とか、やばいよ」
「今朝もサーフィンしてきたんですか?」
「もちろん!今度、一緒にどう?」
「あ、私、泳げないんですよ。だからムリ」
「即答、だね。なんならビーチで見ててくれるだけでもいいよ」
「それって、浜辺の未亡人ってやつですか?」
「へ、詳しいね。昔の彼氏がサーファーだったとか?」
「惜しいっ!私、角松敏生のファンなんですよ」
「え、それって。。。」
「バブルの頃に人気のあったミュージシャンです。最近、復活したみたいで」
「新井さんあたり、詳しそうだね」
「え、なんでわかったんですか?彼女からCD借りて好きになったんです」
やっぱりそうか。
新井敬子、35歳。管理部総務課に17年勤務している。
昨日の夜まで、6年間連れ添っていた彼の彼女だった。
「この曲って私みたいだよね。去年結婚した姉も大好きだった」
海に向かうクルマの中で、角松敏生の曲を流しながら、彼に笑いかけた。
4年前の夏の終わり。
彼は初めて「Beach’s Widow 浜辺の未亡人」という言葉を知った。
敬子は泳げない訳ではなかった。
「30歳近くにもなって水着になる自信がなくなったのよ」と
いつも彼が海からあがってくるのを波打ち際で待っていた。
大きなタオルを拡げて、手際よく濡れたカラダを拭く敬子を
彼は、母親のように思っていた。
~  ~  ~
「あのう、新井さんって、サーファーの彼氏とかいたんですか?」
今日の昼のお弁当組は、山本優香と新井敬子のふたりだけ。
会議室の机の上では、ささやかなおかずの交換会が始まっていた。
敬子の箸が一瞬、止まった。
「そうね、いたわよ。つい最近までね」
「そっか。なんか朝、田村さんと一緒になったんですけど、新井さんのことが話題になったから」
感づかれたかな…。
どちらかというと、優香は勘の鈍いタイプなのに。
「彼、なんて?」
「あ、別に。角松敏生の曲の話になって。そしたら新井さんあたり詳しそうだねって」
なんだ。よかった。
別れたとたん、急に口が軽くなる男がいる。
一瞬、和也も同じタイプなのかと勘ぐった。
そう思った自分が、悲しかった。
昨夜のことを思い出して、気持ちがざらついた。
別れのキスも、きちんとした話し合いもできなかった。
それが、悔やまれた。
和也とは彼が入社以来の付き合いだった。
若さにまかせた乱暴な告白が新鮮に思えて、3度目の飲み会の後、彼を受け入れた。
思ったよりも繊細で優しい愛し方に、戸惑いと目眩を覚えながら
海の底へと沈んでいくような安心感と疲労感に包まれた。
朝、一緒に会社に向かう道の途中で、和也が切り出した。
「ねえ、敬子さん。俺と一緒に住んでくれませんか」
当時、敬子は吉祥寺のワンルームで一人暮らしをしていた。
築20年以上、古い造りのマンションは、天井も低く、日差しが弱い
あまり魅力的な部屋ではなかった。
それから二人は休日を使って、まるでデートするように部屋探しを楽しんだ。
夏が終わろうとする頃、海まで徒歩圏の低層集合住宅を見つけた。
神奈川県茅ケ崎市。
会社からは遠く、終電も早かったが、二人にとっては天国のような部屋だった。
日差しが部屋の奥まで差し込む、少し広めのリビングに敷かれたマットの上で
二人は何度も魚になった。
夕方になる少し前に、近くの古い商店街に連れ立って、新鮮な魚介類や野菜を買い込むと競い合うように夕ご飯の支度をし、たっぷりとお腹に詰め込む。
代わり映えしない日常の中で、二人の季節はきっかり5回巡った。
「新井君、ちょっと」
管理部長の青木から声が掛かった。
先週、連続して小さくないミスを繰り返した。
基本的な、しかし、致命的な業務上の失敗だった。
「個人的な事情は問わない。だから、黙って辞表を出してほしい」
普段は冗談ばかり言っている上司だが、さすがに声が固い。
小さな会議室。二人だけだ。うなずくほか、なかった。
少しだけ、涙が出た。
「顔を直してから、席に戻ってくれ。…すまない」
青木は先に部屋を出た。
その夜、家に帰ってから和也に会社を辞めなければならなくなったことを話した。
彼は激怒した。
「ちょっと、あんまりだよ。なんで、敬子が辞めなきゃなんないんだ。上司ならば奴が辞めればいい。
上司は部下の仕事に責任を持つべきだろ」
「いいのよ。悪いのは仕事ができない私なんだから。長いこと同じことばかりやってきたから、状況が変わったことに気がつかなかったのね。自分で業務を工夫することも、できなかったし」
「だからって何の指示もなかったんだろ?動きようがないじゃないか」
「!? 和也は誰かに指示されなかったら、仕事できない人だったっけ?」
思わず声が尖った。
「なんだよ!俺は敬子のためを思って言ってるのに」
「同情なんて。。。私を見下してるってことじゃない。そんな慰めなんて、優しくないよ」
これ以上、何かを口にしたら、物騒なことになりそうな険悪さが、空気に混ざり始めていた。
「私、ちょっと出てくるわ」
タバコをつかんで、部屋のドアを開けた。
とたんに腕をつかまれ、振り向かされた。
「いやっ。やめてよ!」
「待てよっ。俺の気持ちも知らねえで!!勝手なことばかり言いやがって。青木のことまでかばうなんて。あいつと寝たのか?!」
地雷が、踏まれた。
男として、言ってはいけない言葉だった。
敬子は、心が急激に冷え込んでいくのを感じた。
「も、終わりにしよ…」
この6年、けっして一度も口にしたことのない言葉だった。
少なくとも、敬子から切り出したことは一度も、なかった。
その瞬間、和也は彼の大切な存在を、失った。
4週間後、敬子が辞める日、和也は出社したばかりの青木を殴り倒した。
したたかに床に叩き付けられたその横顔を、さらに蹴り上げる。
派手に朱が飛んだ。
元族あがりと噂の開発課長が、切れて暴れ続ける和也に飛びかかていった。
ようやく駆けつけた警備員たちに取り押えられた後、和也は懲戒免職処分となった。
私物ごと文字通り、会社から放り出された。
半年が過ぎようとしていた。
毎日毎日、海にも入ることなく、ダラダラと過ごす日々が続いていた。
敬子と青木が結婚したという噂が流れてきた。
不思議と心は波立たなかった。
敬子との月日は、あっという間に現実味を失っていった。
ある明け方、突然、山本優香が訪ねてきた。
「田村さん、海行きませんか?」
「なんだよ、突然」
「私の目の前で、波に乗ってください」
思い詰めたような瞳が、少し腫れぼったい。
徹夜で考えて、やってきたのだろう。
「田村さん、ずっと私のヒーローだった。。。」
最悪のタイミングの告白だったが、ガツンと、きた。
青春の眩しさに包まれた優香の姿があった。
まっすぐに、がむしゃらに。
腐りきったヒーローの和也を、ひっぱりあげようとしている。
胸が熱くなっていた。
ボードとウエットをつかむと、裏に止めたワーゲンに走る。
優香が追ってきた。
助手席側のドアを開け放った。
「乗れ!早く!!波に、間に合わねえ!」
「うんっ!」
膝丈のスカートが捲れて、足の付け根が見えた。
パームツーリー柄のビキニ。
波乗りを始めた頃に見た、映画「ビッグウエィブ」に出てくるカリフォルニアガールを思い出す。
白い、柔らかそうな肌が、少しだけ生々しい。
10分後、オンボロのシャシーが吹っ飛びそうな勢いで砂浜に突っ込む。
素早く服をぬぐ。ニットのショーツ一枚になって、ウエットをつける。
パワーコードをつけると、和也は叫びながら狂ったようにパドルを始めた。
食い入るように、優香が見つめている。
しばらくすると雨が降り始めた。
波が高い。
波頭が砕ける。勢いが、すごい。
思わず鳥肌が立つ。
何度も岩床に叩き付けられそうになる。
それでも和也はテイクオフを繰り返す。
優香が叫ぶ。
「あきらめないでよ!田村さんは、私のヒーローなんだから。ヒーローなんだからね!」
秋がはじまったばかりの海で、しばらく死んでいた男が
ふたたび最高の波を捉まえようと、もがいていた。
真剣で、まっすぐな瞳が、その姿をしっかりと追い続ける。
遥か水平線のあたり、淡く蒼いグラデーションは熱を帯びたように赤く変わり始めた。
新しい一日が、はじまろうとしていた。

サクラフル (葉山罫・短編小説集「恋愛観測」より)

ゆうべ見た夢は、淡い紫陽花色の雨に包まれる夢だったので、
あの頃、あなたと過ごした海沿いの町に行きたいと思ったのです。
目覚めたときから、なんとなく落ち着かなくて。
母に「あじさいって、まだだよね」って聞いてみたりして。
「あらあら、気が早いわね。今ならきっと櫻がきれいなんじゃない?」
なんて言われたものだから。
来ました。来ちゃいました。
もちろん、あなたは一緒じゃなくて。
だから、車なんかじゃなくて。
ゴトゴトと江ノ電に乗って。揺られて。
あなたに勧められてはじめたボディボードも、
最近はすっかりごぶさたです。
生まれてはじめて波をつかんだ時、
鎌倉高校の前を、この黄色と緑色の小さな電車が見えたんだ。
あっという間だったけど、まるで波の上を滑る不思議な電車みたいで。
ほら、ふたりではじめて見に行った映画に出てくるヤツ。
(そういえば主人公のコ、わたしと同じ名前だったね)
そんな素敵な景色、誰にでも見れるもんじゃないよねって、
あなたが 笑った。
そう、あのときだ。
きっとあの、あなたが笑ったとき。
ワタシ ハ コイ ニ オチタ
わたしは 恋におちたんだ。
あなたが笑ったのも、
わたしが泣いたのも、
はじめてキスしてくれたのも、
みんな、この景色の中だった。
二人で歩いた季節を感じながら、とにかく今日は一人で歩いてます。
渚を背にして、まっすぐ。静かな商店街を抜けて、坂をあがって。
途中で、コロッケを買い食いして。ホクホクしながら。
小高い山のうえにある静かな公園も、そこから足を伸ばして、
おこずかいが増えるようにと願掛けした弁天さまも、
みんな変わらず、ふつうにそのままで。せつなくて。
あじさい、見たいなぁ。季節は、まだなんですけど。
雨が降ったあとの、お寺の境内って
こんな静かできれいなんだ。
知らなかったな、たたずむ時間も大切だってこと。
ごめんね。
わたしたち、急ぎすぎたね。
いま、ふと思ったのです。
ひとのこころのあいだに咲く花があるとして、
きっとそれは芽吹くまで、いっぱいいっぱい時間のかかるシロモノで。
やっと葉っぱがひらいても、ぜんぜん気を抜けないほどデリケートで。
あんまり世話がかかるものだから、
途中で「もぉ、いいやっ」なんて投げ出したりして。
でも、そんだけ苦労してるから、いざ咲き誇ると、すっごくキレイだよね。
あいかわらずやっぱり弱いんだけど、キレイ。
いつまでも気持ちに残るような、あざやかさ。
だから、わたしたちは、一生懸命その花の種をまき、花を咲かせる努力をするんだ。
強い風にも、冷たい雨にも、負けない花を育てたい。
いつまでもいつまでも、色褪せない花を咲かせるんだって。
ごめんなさい。
わたしは花を世話することを、怠けました。
おかげで私たちの花は、色褪せて、枯れた。
あなたが植え直した種も、省みることなく。
いま、櫻が降ってきました。
櫻って花は、散らないんです。
それは降るのです。降る花、降る時。
櫻、いっぱいですよ。
サクラフル。
櫻、降る。

帰京 (葉山罫・短編小説集「恋愛観測」より)

妻を待っていた。
外でこんな風に待ち合わせをするのは、本当に何年ぶりだろうか。
銀座、瓦斯燈。
求婚時代にふたりでよく足を運んだ、老舗のバーだ。
元々は妻も私も、中央区で生まれ育った。
都市開発の遠心力で、互いの実家は東京の中心から100キロ以上離れた郊外へと移っており、私たちの生活もまた、そこにある。互いの親が逝き、子供たちも独立した今は、いささか手に余る広さの家にふたり暮らしだ。
人生を一日に例えるならば、今の私たちはちょうど日盛りを過ぎたところだろうか。
すこし歩を緩めて、一息つける木陰が欲しくなってきた頃だ。
ある朝、先に支度を整えて朝刊を広げている私に、妻が切り出した。
「ねえねえ、今夜仕事帰りに銀座でデートしない?」声が、華やいでいる。
慌ただしく勤め支度中の妻を見る。
ルージュを引く横顔に、なんとなくドキリとした。
「どうしたの?急に」
「えっ、今日残業なの?」ちょっぴり声が尖る。
「いや、別段なにもないけど」
「だったら瓦斯燈に8時。時間厳守でお願いします」
仕事モードの口調で畳み掛けられた。
「はい、了解しました。では、先に出るよ」
鞄を掴み、玄関に向かう。
ドアの前で腕をつかまれた。振り返る。
「瓦斯燈。8時よ。プレゼントあるから」
きちんと化粧した妻の顔が近づき、唇が触れた。
瞬間、20年前の、あの給湯室での出来事が蘇った。
まだ妻になる前の彼女の行動は、大胆だった。
煮え切らぬ私に、自らの気持ちを宣言した後、唇を重ねてきた。
情熱的な、ただ一瞬のキス。
脳の中で白い爆発が起こり、めまいがした。
そのときから私たちの時計は、同じ時を刻むようになった。
出がけにキスをする習慣を忘れてしまったのは、いつからだったのか。
今日は不意打ちをくらった。
一日中仕事に追われまくり、気がつくと定時を過ぎていた。
「いかんな、間に合わないぞ」思いがよぎる。
ふと、部下の木村課長と目が合った。
「次長、あとは私の方で」と、一言。
こんな関係で、そろそろ5年になる。
年齢は私より一つ上なのだが社歴は浅く、身分的に割を食っている。
できる人なのだが、会社も見る目がないと、いつも思う。
「そうですか。では、よろしく頼みます」
一礼してオフィスを後にする。タクシーをつかまえる。
「銀座、ソニービルね」
ドアが閉まる。タクシーは静かに夜へと滑り出した。
妻は時間通りにやってきた。
「待たせちゃった?」
「ああ、死ぬほど」
「あら、致死量超えるほどお飲みになったのかしら?」
バーテンダーの能坂氏が吹き出した。
彼との付き合いもずいぶんになる。
美味しいカクテルを産み出すテクニックもさることながら、
夜の銀座の楽しみ方をいろいろと教えてくれる。
私にとっては、おとなの遊びの師匠でもある。
「お連れ様、あちらでお待ちですが」
意味ありげな仕草で、店の奥のボックス席を指し示す。
妻は心得たように頷くと、私の肩をポンと叩いて促した。
歩き出す。その先に、さわやかなブルーのスーツが良く似合う若い男の姿が見えた。
席から立ち上がると、深く会釈する。
「こちら日本建物の上杉さん。私たちの新しい住まいを探してくださってるの」
目が丸くなる。たぶん口もそうなっているだろう。
「上杉です。申し訳ありません。なにぶん奥様から旦那様にはご内密に、ということでしたので」
「はあ…松井です」思わず名刺を取り出す。勤め人の野暮な儀式だ。
「ねえ、聞いてないよ。ひどいじゃない。しかも内緒なんてさ」
妻がいたずらっぽく笑う。
「へえ~、聞いてなかったんだ。言ってたはずだけどな、わたし。子供の手が離れたら、故郷で暮らしたいって」
「だって君の実家、けっこう遠いじゃない。この歳であそこから都内に通うのはしんどいよ」
「あのね、ひとの話はよく聞くものよ。私はね、私たち二人の故郷に住むって言ってるの」
少し苛立った様子に面食らっていると、上杉氏が助け舟を出してきた。
「松井様、奥様は中央区およびその周辺のリノベーションおよびコンバージョン物件をご依頼になったんです。今のお住まいよりもお二人の職場に近く、生まれ育った街か、その側がよろしいということで。
条件的に見合ったものが揃った段階で、一度ご報告させていただきましたところ、もっとも条件に合った物件をご主人と一緒に内見したいと申されました。そこで、今夜この近くのマンションをご案内するお約束をいただいておりました」
「ここの近くって、銀座のど真ん中だよ」さすがに声が大きくなる。
私の収入や、あと数年後にはやってくる定年のこと。いくら妻が共働きで、郊外に戸建てを所有しているとはいえ、銀座に住むなんぞ、なんと無謀なことではないか。
「奥様が出された条件は4、000万円台までの2LDK以上で、銀座あるいは新橋に徒歩圏内の物件ということでした。その時点で私がおすすめできる該当物件は10件以上ございました」
「10件ですって」
驚いている私に、上杉氏はリノベーションやコンバージョン物件について、詳しくわかりやすい説明をしてくれた。
カクテルを3杯飲み干した頃には、私たち二人の銀座暮らしは、すっかり現実味を帯びたものになっていた。
妻が言った。
「私たちの街って、ここだと思うの。銀座。ねえ、ここに戻ってきたいと思わない?」
上杉氏とともに3人で瓦斯燈を出て、歩くこと15分。
目指すマンションは、もと食品会社として使われていたオフィスビルだった。
外観からは信じられないほど、内部は完璧にリフォームされている。
「外から見ると、オフィスっぽさは消せないんですが」と、上杉氏は苦笑しながら中を案内し始めた。
妻にはありがたい家事補助設備が充実している。歳をとっても、なかなか快適に住みやすそうな造りだ。しかし、なにより私たちが気に入ったのは、窓から銀座の夜景が楽しめることである。都会の喧噪が、まったく聞こえない。
熱帯魚にでもなったような気分を味わう。
とにかく私たちは、この部屋が気に入った。
3人で瓦斯燈へと戻る。
常連客だけになった店内で、カウンター席に促された。
並んで腰を下ろす。
笑顔の能坂氏が、3杯のジャックローズを振る舞ってくれた。
「お帰りなさいませ。銀座へ」
私たちの帰京は、その夜、粋な乾杯で幕を開けた。

風の丘陵 kaze no oka 1 葉山罫

大きな黒目がちの瞳をクルクルさせながら
娘は大好物のサンドウィッチを頬張っている。
大人しく寝転がっている幼い弟に何やら話しかけている
 ママのつくってくれるサンドウィッチ おいしいね
カルピスのように甘酸っぱいしあわせをカンジて
夏の名残りの 抜けのいい青空を仰ぎながら
のびた芝生の上で大の字になる
 ほらほら パパったらジャケット汚れちゃうよ
声のする先には 日傘をさした女性が立っていた
逆光のなかで たおやかに佇んでいるのは
子供たちの母親であり 私をパパと呼ぶ存在
こころから愛する そのひとの顔は
私には 見えない
ウエストのあたりで軽くしぼった
デニムのエプロンスカート
やさしそうな柔らかな丸みを帯びた胸
清潔そうな二の腕は
穏やかな暮らしにふさわしい色白さ
左薬指にはシルバーの指輪
淡いルージュで彩どられた
静かに笑いかける唇
でも
そこから上にあるはずの
チャーミングな鼻も
黒目がちのまなざしも
日傘と
つばの広い帽子にかくれて
私には見えないのだ
子供たちの顔の特徴から想像するだけ
優しい風に吹かれて
ママと呼ばれた彼女のスカートの裾がはためく
日傘がゆれて
彼女の顔が現れる…
瞬間 私は目覚めるのだ。
26歳で結婚の約束をした相手は
その2年後にこの世を去ってしまった。
もともと心臓に重い障害を抱えていた許嫁は
花嫁修業のために戻った実家で息をひきとった。
些細なことで喧嘩をして、しばらく連絡がとれなかった間のことだ。
涙目の彼女。バスの窓越しに小さくなっていく姿。
抱きしめてあげることもできないまま、
次に逢った時、彼女は小さな、桐の、正方形の箱に収まっていた。
それから時々、
私はこの不思議な風の丘陵の夢を見るようになった。
夢は見るたびにリアリティを増していく。
いや、もはやそれは、私の未来の、とある一日の風景なのだ。