大きな黒目がちの瞳をクルクルさせながら
娘は大好物のサンドウィッチを頬張っている。
大人しく寝転がっている幼い弟に何やら話しかけている
ママのつくってくれるサンドウィッチ おいしいね
カルピスのように甘酸っぱいしあわせをカンジて
夏の名残りの 抜けのいい青空を仰ぎながら
のびた芝生の上で大の字になる
ほらほら パパったらジャケット汚れちゃうよ
声のする先には 日傘をさした女性が立っていた
逆光のなかで たおやかに佇んでいるのは
子供たちの母親であり 私をパパと呼ぶ存在
こころから愛する そのひとの顔は
私には 見えない
ウエストのあたりで軽くしぼった
デニムのエプロンスカート
やさしそうな柔らかな丸みを帯びた胸
清潔そうな二の腕は
穏やかな暮らしにふさわしい色白さ
左薬指にはシルバーの指輪
淡いルージュで彩どられた
静かに笑いかける唇
でも
そこから上にあるはずの
チャーミングな鼻も
黒目がちのまなざしも
日傘と
つばの広い帽子にかくれて
私には見えないのだ
子供たちの顔の特徴から想像するだけ
優しい風に吹かれて
ママと呼ばれた彼女のスカートの裾がはためく
日傘がゆれて
彼女の顔が現れる…
瞬間 私は目覚めるのだ。
26歳で結婚の約束をした相手は
その2年後にこの世を去ってしまった。
もともと心臓に重い障害を抱えていた許嫁は
花嫁修業のために戻った実家で息をひきとった。
些細なことで喧嘩をして、しばらく連絡がとれなかった間のことだ。
涙目の彼女。バスの窓越しに小さくなっていく姿。
抱きしめてあげることもできないまま、
次に逢った時、彼女は小さな、桐の、正方形の箱に収まっていた。
それから時々、
私はこの不思議な風の丘陵の夢を見るようになった。
夢は見るたびにリアリティを増していく。
いや、もはやそれは、私の未来の、とある一日の風景なのだ。