ゆうべ見た夢は、淡い紫陽花色の雨に包まれる夢だったので、
あの頃、あなたと過ごした海沿いの町に行きたいと思ったのです。
目覚めたときから、なんとなく落ち着かなくて。
母に「あじさいって、まだだよね」って聞いてみたりして。
「あらあら、気が早いわね。今ならきっと櫻がきれいなんじゃない?」
なんて言われたものだから。
来ました。来ちゃいました。
もちろん、あなたは一緒じゃなくて。
だから、車なんかじゃなくて。
ゴトゴトと江ノ電に乗って。揺られて。
あなたに勧められてはじめたボディボードも、
最近はすっかりごぶさたです。
生まれてはじめて波をつかんだ時、
鎌倉高校の前を、この黄色と緑色の小さな電車が見えたんだ。
あっという間だったけど、まるで波の上を滑る不思議な電車みたいで。
ほら、ふたりではじめて見に行った映画に出てくるヤツ。
(そういえば主人公のコ、わたしと同じ名前だったね)
そんな素敵な景色、誰にでも見れるもんじゃないよねって、
あなたが 笑った。
そう、あのときだ。
きっとあの、あなたが笑ったとき。
ワタシ ハ コイ ニ オチタ
わたしは 恋におちたんだ。
あなたが笑ったのも、
わたしが泣いたのも、
はじめてキスしてくれたのも、
みんな、この景色の中だった。
二人で歩いた季節を感じながら、とにかく今日は一人で歩いてます。
渚を背にして、まっすぐ。静かな商店街を抜けて、坂をあがって。
途中で、コロッケを買い食いして。ホクホクしながら。
小高い山のうえにある静かな公園も、そこから足を伸ばして、
おこずかいが増えるようにと願掛けした弁天さまも、
みんな変わらず、ふつうにそのままで。せつなくて。
あじさい、見たいなぁ。季節は、まだなんですけど。
雨が降ったあとの、お寺の境内って
こんな静かできれいなんだ。
知らなかったな、たたずむ時間も大切だってこと。
ごめんね。
わたしたち、急ぎすぎたね。
いま、ふと思ったのです。
ひとのこころのあいだに咲く花があるとして、
きっとそれは芽吹くまで、いっぱいいっぱい時間のかかるシロモノで。
やっと葉っぱがひらいても、ぜんぜん気を抜けないほどデリケートで。
あんまり世話がかかるものだから、
途中で「もぉ、いいやっ」なんて投げ出したりして。
でも、そんだけ苦労してるから、いざ咲き誇ると、すっごくキレイだよね。
あいかわらずやっぱり弱いんだけど、キレイ。
いつまでも気持ちに残るような、あざやかさ。
だから、わたしたちは、一生懸命その花の種をまき、花を咲かせる努力をするんだ。
強い風にも、冷たい雨にも、負けない花を育てたい。
いつまでもいつまでも、色褪せない花を咲かせるんだって。
ごめんなさい。
わたしは花を世話することを、怠けました。
おかげで私たちの花は、色褪せて、枯れた。
あなたが植え直した種も、省みることなく。
いま、櫻が降ってきました。
櫻って花は、散らないんです。
それは降るのです。降る花、降る時。
櫻、いっぱいですよ。
サクラフル。
櫻、降る。
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すみません、泣いちゃいました…。
自分の心が江ノ電に乗って、ことこと揺られているような気がまだしています。
終わってしまった恋を思って電車に揺られている。そんな気持ちが伝わってきて、もっとピュアだった頃のことを思い出したりなんかして、とても切なくなりました。
淡いあじさい色の雨に打たれて鎌倉を歩いてみたくなりました。
とても筆力のあるかただったんですね…。
このお話、ホントに好きです。
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このお話し、素敵女子に人気があります。
元は江ノ電の広告キャンペーン「江ノ島鎌倉文庫」という企画用に書下ろしたものなのですが、プレゼンの日、代理店の女子に読んでもらって、不覚にも自分自身、泣いてしまったとゆー。
その代理店の女子というのが、今の美人妻であったことはナイショにしておきたい。